ハイドランジアHydrangea

  • 2016
  • HDV
  • 11min 30sec

hydrangea.jpg

ダリアDahlia

  • 2009
  • HDV
  • 13min 18sec

オムニバス作品「見るということ」*の1編として制作した作品。
夜明け前から日暮れまでの、光がもたらされ視覚が成立する時間帯を毎秒1フレームずつインターバル撮影した。定点観測的にとらえられた光の変遷と、1フレームの中に押し込められ、歪んでゆく空間が錯綜する。

*オムニバス作品「見るということ」(2009/HDV/95min)
企画、構成:松本俊夫
製作:佐野真澄(佐野画廊)
監督:加藤到、大木裕之、前田真二郎、奥野邦利、狩野志歩、稲垣佳奈子
「1960年代からネオ、ドキュメンタリズムを提唱し、日本における実験映画の先駆者とも言える映像作家、松本俊夫が企画、構成した6人の実験映画作家によるオムニバス作品。松本が提示した「見るということ」というテーマに基づき、6人が各自各様のアプローチでテーマをとらえ、独自の映像を展開する。我々が”物”を「見るということ」そして「映画を作るということ」とはいったい何なのか?という根源的な問いに向かっている。」 (山形国際ドキュメンタリー映画祭2009  公式カタログ)

シノノメ オモゴ イシヅチ へShinonome Omogo Ishizuchi

  • 2008
  • DV
  • 15min

町立久万美術館(愛媛県)委嘱作品

松山出身の映画監督・伊丹万作と愛媛の風景を巡る作品。俳人・中村草田男が万作との友情を描いたとされる短編小説「夜桜」の舞台、東雲神社(シノノメ)を起点とし、京都で映画監督となった万作が一時、帰松した際に遊んだ面河渓(オモゴ)、石鎚山(イシヅチ)を旅するような構造になっている。
全編がほぼスチール写真で構成されているのは、面河行きの際、万作が片岡千恵蔵から贈られたコンタックスカメラを下げていた、という記述があり、そこから着想を得た。
所々に挿入されるモノクロのフィルム映像は、万作の初期作品「国士無双」の一部。万作が映画人として第一歩を踏み出した千恵プロで制作されたこの娯楽活劇は、小さなプロダクションならではの、撮影スタジオに頼らない屋外でのシーンも多くみられる。
京都で撮影された風景シーンと、愛媛に残る自然とが深く融け合うように重なってゆき、それは、今は亡き万作がカメラを通して見た光景と現代に生きる私たちの視線が交差する瞬間でもある。

町立久万美術館 開館20周年記念企画「万作と草田男ー楽天の絆」展で展示上映された。

shinonome.jpg

しなやかに.. 追いこすこともかなわぬまゝfeinfügig... unüberholbar...

  • 2007
  • DV
  • 9min

サウンド:渡邊ゆりひと

feinfugig.jpg

Candle

  • 2007
  • DV
  • 7min

配給:ミアカビデオアーカイブ

アトリエAtelier

  • 2006
  • DV
  • 7min

所蔵:東京都写真美術館
配給:ミアカビデオアーカイブ

誰もいないアトリエを対角線上の二カ所に置かれたカメラが緩やかに旋回しながら映し出す。幾重にも重ねられた像は旋回が一定の速度でないことを示している。つまり絵画の筆致のように、カメラを操作する手の振動が時間のズレとなって浮かび上がり、同時に不在であるはずの作者の存在が表出する。

Wave

  • 2005
  • DV
  • 15min

配給:ミアカビデオアーカイブ、コレクティフ・ジューン・シネマ(フランス)

波面に落とす光の軌跡のみで構成された風景。

映画に関する小さな本a book

  • 2004
  • DV
  • 4min

今はもう誰も読むことのない映画の指導書を、カメラ・オブスキュラ程の小さな穴から覗き込む。カメラは頁を繰るようにズーム・インとアウトを繰り返すが、決して読むことはできない。

book.jpg

Lily in the Glass

  • 2003
  • 16mm
  • 6min

配給:コレクティフ・ジューン・シネマ(フランス)

読まれない手紙、顔のない人物、スケールを失う部屋...行き場を失い宙に浮いた物語の断片は、その切断面に介入してくる一瞬の光線によって繋ぎ止められている。それらは撮影を始める、あるいは止める瞬間、フィルムの運動が僅かに乱れることで生じる光の集積であり、本来顕在することのないレンズ(Glass)の痕跡である。

lily.jpg

Rosecolored Flower

  • 2002
  • DV
  • 12min

配給:ミアカビデオアーカイブ、LIMA(オランダ)

窓辺の一輪挿しに生けられた一本の赤い花に向かってカメラが、ほとんど気付かない程ゆっくりとズームインする。しかし、近付くほどに焦点はズレ、その花の実像はおろか、色さえも判明できなくなる。その運動はやがて内と外、昼と夜、光と影の回転/反転へと変容する。

Floating Leaf

  • 2002
  • DV
  • 1min

暗闇に照らされた植物の葉が光の中で緩やかに浮遊する。音はチューニングの合っていないラジオから流れていた歌声を時間操作している。

foating_leaf.jpg

お香Incense

  • 2002
  • DV
  • 6min

所蔵:国立国際美術館、東京工芸大学中央図書館
配給:ミアカビデオアーカイブ、LIMA(オランダ)

編集作業によって暗闇のお香の煙は、スピード変化や逆回転など目まぐるしく変化している。しかし、煙や暗闇は実体の無い不確実な存在であり、それ自体動きの基準となっていない。ふいに煙が乱れるとき、あるいは光が一瞬射し込んだとき、お香の傍らを横切った〈何か〉と、それが出入りする扉らしきものの存在に、私達ははじめて気付くのである。

揺れる椅子Rocking Chair

  • 2000
  • 16mm
  • 13min

所蔵:東京工芸大学中央図書館
配給:キャニオン・シネマ(アメリカ)、コレクティフ・ジューン・シネマ(フランス)

レンズの絞りの緩やかな変化に伴い、白い部屋が暗闇から眩しい光に満ちる。光の操作によって部屋の中、ライト、鏡の中、窓の外の光が隠されていた光景を浮かび上がらせては消えてゆく刹那によって構成されている。カメラ自体は一切動かないが、絞りを操ることで作者自身の身体と意志が介入する。又、写真のように一つ一つのカットが独立するよう配慮し、モンタージュ(編集)によって生じる運動を抑え、光の変化する様をより純粋に表現したかった。銀塩写真の作業で唯一目で見ることのできる化学反応は、暗室の中、露光された印画紙に像が浮かぶ様子であるが、その留まらない時間とイメージの不確かさは、私達が見ている写真や映像が無限のイメージの中から選択された一つの可能性でしかないことを教えてくれるのである。

白いテーブルクロスWhite Tablecloth

  • 2000
  • DV
  • 7min 30sec

所蔵:東京工芸大学中央図書館

余韻と余白の映画。
テーブルクロスに染み出す水の跡が完全に蒸発して消えてしまうまでの7分30秒。その間、染みは波打ち際のように収縮を繰り返す。編集作業で時間の配置を組み換え、幾重にも重ね合わせ、蒸発するという物理的な現実時間と時間操作による映画内の時間を共存させた。

white.jpg

スチールSTILL

  • 1999
  • S-8
  • 15min

所蔵:東京工芸大学中央図書館

人物の所作は全てモノクロの分割写真になっており、風景のショットはカラーの実写で撮影されている。中盤のモノクロ写真は独立した写真作品であり、いわば映画内にスライドショーが挿入されている形となっている。ラストのリンゴのショットは実写であるが、対象は終始静止しており、光と影だけが運動している。

still.jpg

情景Landscape

  • 1998
  • S-8
  • 13min

所蔵:東京工芸大学中央図書館

この作品において、イメージは複雑に交錯する。カメラで多重露光された像は、重ねられる毎に光が集積し、限り無く光の白へと向かう。自家現像処理によってフィルムの表層に刻印された傷や色ムラは、支持体としてのフィルムそのものの存在(=像)を否応なく認識させられる。女性は風景の如く静止し、最後はまさに静止画として現れる。スライドフィルムを揺れるカーテンに投影することで、静止画像を〈動く像〉へと変換した。この幾重にも仕掛けられたイメージのからくりの中で、私達が自明のものとして見つめているイメージが如何に不確かで繊細なものであるかを明らかにした。